書道の学習の主軸となるのは、古典の臨書です。
中国や日本の長い歴史のなかから、古典と言われる優れた名品を習うのが臨書です。この臨書によって培ったものを創作へと昇華させる、これがまさに書です。
臨書と創作というこの両輪によってなされるわけです。
臨書の学習を怠った創作は、ただの我流であり、根拠のない品性の乏しい作品に陥ります。昨今の露出の高い書家と称する人たちによくある問題点であり、それを賞賛する鑑賞眼のないマスコミにもかなり責任があると思われます。
当教室では、競書雑誌「書作」へ毎月の出品して段級を取る他に、各自、それぞれに古典を選んで、一つの古典をおおよそ一年間かけてじっくり学びます。こういった地道な練習を飛び越して、創作することは決してできません。